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シマニテ・ログ 【タビノタヨリ】LETTERS 08

神の旅路 神津島編

星と風と波と

夜の海は、風と波の音だけが
かすかな気配を残しているように見えた
足もとには、いま躍り出たばかりの足跡がのびている。

見上げれば、星々はこぼれるほどに瞬き、
島々のあいだを映し出す万華鏡のように、
空を満たしていた。

初島ののち、火と潮の間に、神の思案が、次の島へとたどり着いた。

それが、神津島―

神々が足をとどめ、言葉を交わした島。

神々の決め事

伊豆の島々を焼き出す旅に出た神、事代主命は、
島々を生み落とす手をひととき休め
ここに神々を招き寄せる。

風もまた、
神の声を運ぶ使いとして、山へと昇ったのかもしれない。
風たちの調べは、
きっと神々を誘うために生まれた音なのだろう。
風に吹かれていると、自ずとそう思えてくる。

やがて彼らは、天上山の頂きに集う。
そこは、白い砂と、
いくつもの水をたたえた鏡がひそむ、天と地のあわい。
乾いた白に、ひそやかな青がにじむ場所で。

ひと滴さえ、ただの水ではなかった。
それは、島々に息を与える約束。
大地を潤す、見えざる縁の糸。

島が生かされている、命の証。

島の約束

山の懐深く、
人の歩みを拒む聖なる沢、不入が沢には、
いまなお神の掟が
沈黙の底で静かに息づいている。

潮風が吹き上げる多幸湾の岸辺の
ほど近くには、絶えることなく清らかな水が湧き
島の人の暮らしを静かに潤しながら、
かつて交わされた水配りの約束を、
今へと伝えている。

島の中心には、
太古より祈りを受け止め続ける静かな社
そこに結ばれる縁は、人と人のみならず
はるか昔、神々が交わした約束の余韻。

それはいつかの湧き水のように
決して枯れることなく、何色にも染まらず、
ただ凛として透き通る想い。

島に宿された約束と願いは、
いつしか見えぬところで実を結び、
ある日ふいに海を越え、
遠き岸辺へと辿り着く。
まだ見ぬ誰かの胸に、
静かな波紋として揺らめかせ、
小さな灯をともす日が来ることを

――その時を、まだ島の人々も知らない。

神が集う島

火と潮のはざまにあらわれた
大地の下をめぐるその水脈は、
今もなお、絶えることなく湧き出る、この島の誇り。

こうして神津島は、
ただ生まれた島ではなく、
神々が集い、語り、分かち、
固い約束を結んだ場所として
変わらず在り続ける。

それが

「神が集う島 ―神津島―」

と呼ばれるようになった物語である。

 Epilogue あの島の記憶

長い長い旅の終わり、
神の最後の安住の地、三島で、
富士からの湧き水に
手を浸したとき、
指のあいだから零れた冷たさに、
遠い約束の気配が触れる。

神々が分かちあった水の、
ひとしずくの余韻のように。
あの島の透明の記憶が、
その時、ふっと胸の奥で瞬いたのだろう。

あの島で輝く永遠の星たちが、
離れていても
あの日の約束を心に握りしめ、
同じところから、
ずっと一心に照らし続けるように。

この島には、帰りを待ちわびる澄んだ瞳が、いくつもあった。
混じりけのない光の粒が織りなす宇宙の交信に、
終わりなどない。
そのひときわの光は、
これからも人々の胸を、深く灯していく。

星と風と波と、水と、
そこに生きる人々の心。
そのすべてが目には見えない、けれど、
たしかな点と線で、まっすぐに結ばれている。

思い出のかなたには、光と影の年月を抱いた
色とりどりの小さな石たちが、それぞれ、ただ佇んでいる。

光があるから影がある。

――それでも。

幾度もの波に撫でられ、いつしか丸みを帯びた
その意志こそ
むき出しの感情から信念の宝石へと変わっていたことを、
時の流れがそっと知らせてくれる。

そのひとつひとつは、地上に舞い降りた星の面影。
そう思えてならない。

ともしびを乗せた舟の旅路の終着駅で、
脳裏によみがえる、神津島の情景。

どこまでも透き通る、心を映し出した水が、
思い出の涙となり、きらきらと瞬きながら頬を伝う。

旅人にとって、忘れることのできない人生の宝石たちが、
この島にはあふれている。

<旅のメモ>これまで触れてきた三島大明神は、二柱の神様の総称を指しますが、このお話ではそのうちの一柱「事代主命」として描いています。神津島では、事代主命の正后である阿波命と子どもたちは、夫であり父である神を思い続ける存在として語られています。(kozushima.comより)