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シマニテ・ログ 【タビノタヨリ】LETTERS 09

神の旅路 伊豆大島編

群青に浮かぶ島

伊豆半島の岬を離れると
海はゆっくりと群青を深め
その向こうに、ひときわ大きな影が浮かびあがる。

島の昔語りは、しずかに伝える。
あるとき、神が伊豆の海へ火を放ち
一つ、また一つと焼き出された島々の
三つ目の姿ゆえに、この島を「大島」と呼んだことを。

静寂の黒と情熱の赤の斜面は、
幾度もの噴きあがる火に焼かれた記憶を
沈黙のうちに抱きしめたまま
風だけを通す荒野となり
三原の火は、深く息をひそめている。

それでも、足もとから立ちのぼるかすかなぬくもりは
かつて海を焦がした熱の名残であり
島の中央に据えられたその静かな火口は
今もなお、この海域のどこかで
目に見えない炎を燃やし続けているかのようだ。

御神火様の火口にたどり着いた今、
何かに突き動かされるように
その足もとへ続いていた道のページを
もう一度めくろうとしている自分がいたのだった。

火の記憶を歩く

そうして開かれた最初のページにあるのは、
噴火の火に一度焼かれながらも
なお芽吹きをあきらめなかった、小さな草の気配だ。

灰と黒い砂の上に、
緑が、一本ずつ線を引きはじめ、
まだ見ぬ未来の樹冠の約束を交わしている。
そう、ここにある標識は、
すべての人にとって前進あるのみ、
「いつか森になる道」

やがて、その約束は
枝と枝のように重なり合う。
溶岩の軌跡を見届けるように伸びた幹が
光を求めてねじれ、絡まり合い
歩く者の頭上に、揺れる天井をつくりあげる。
焼かれた斜面のうえに
どうにか根をおろした木々が、
行く手と足もとを、光の結晶で満たしていく。

やわらかな光が、トンネルの隙間から頬を照らした瞬間
それが何か、人はすぐに気づく。
森が、火山の記憶の“証人”になっていたことを。

その影を抜けると、いつのまにか
木々はしだいに背を低くし
草の色は風に薄められ
足もとから、黒い粒の世界がひらけていく。

記憶の地層の上を

振り返れば、森になろうとする道。
見渡せば、日本でただひとつ
地図上に「砂漠」と記された、裏砂漠。

焼かれた大地が、再び森へ還ろうとする
数百年の物語を、一日のうちに歩かせてくれる
ひとすじのトレイル ―再生の一本道―

それは、再び生きようとすることがどんなことかを
たおやかに、けれど深く、
私たちの心に、
気づきをもたらしてくれる道。

かつて海を渡った神の火と、
山のうちに湧き上がっていた確かな祈りと。

記憶が折り重なる地層の上を、いま私たちは歩いている。

いまだ背に感じる、伊豆下田の社の灯と
いつも眼差しの先で向き合う、大室山の稜線と
琥珀色に輝く、波浮の港と
これから向かう、まだ名も知らぬ島々の気配をつなぐように
伊豆大島は、群青の真ん中で
今日も悠久の火の記憶を照らしている。

〈旅のメモ〉
この島を象徴する三原山は、むかしから「御神火様」と呼ばれてきた火の山で、その営みは、いまも山頂に鎮座する三原神社を通して島の人々から敬われている。
一方、伊豆の海に火を落として島々を焼き出した神として語られる三島大明神の后神のひとりとされる波布比咩命を祀る社が、ここ大島の波浮の港に、波音とともにたたずんでいる。島を歩くと道すがら出会う社や祠は、御神火の山と、三島大明神の物語と、人びとの暮らしの時間が、長く重なり続けてきたことをいまも語りかけてくるように思える。