シマニテ・ログ 【タビノタヨリ】LETTERS 13
神の旅路 八丈島編
紫陽花の丘でめぐり逢う記憶

旅人の胸に蘇る
あの日、
下田公園で見た景色。
その先には、
空を見上げる下田富士。
そのなだらかな山並みは、
やがていつか
すべてが穏やかに結ばれてゆくことを
旅人へ予感させた。
旅人はその風に背中を押されるように
記憶の中のあの丘を駆け下りる。

バス停で、旅人は、
ゆっくりと瞳を閉じる。
記憶の面影を開けば、
二度と戻らないあの時の風景が、
静寂の波間に、
ゆっくりとよみがえる。
日々と草木が紡ぎ出した
一滴の色彩が、
旅人の心にポトリと落ち、
ゆっくりと広がっていく。
その色は、あの日、下田の港で
踊り子の少女が
無垢な気持ちで揺らした袖の色と
今ふたたび、重なっていく。
幾つもの季節を重ね、
自然と人の営みが出逢い、
育まれたその色は、
一本の黄色い『糸』となり
海に架け橋を描いてゆく。

海を越え、
南へ、南へと伸びていく。
そう、
八丈島へと。
南から流れるひと筋のさざなみ
伊豆白浜で始まった神の足跡は、
火の島々をたどりながら、
一つひとつ海へと刻まれてきた。
島焼きによって新たな命を育み、
火と海を分かち合いながら、
神は島から島へと歩みを進めていく。
その旅路は、
さらに南へ。
南からの風に導かれるように、
旅人は八丈島へと辿り着く。

春風が微笑めば八丈富士はフリージアに、
雨音が囁けば下田富士は紫陽花に。
そして、
夏の日差しが踊れば、八丈の地に大輪のハイビスカスが。
それぞれの花が土地に寄り添い、
季節がおとずれるごとに、あでやかな稜線を描いていた。
水平線の彼方まで澄みきった特別な朝、
南の海のかなたを望めば、
そっと立ち上がる青ヶ島の影。

山の懐から流れ落ちる滝は、
火の島に宿る清らかな命を映し、
水の音は遥かな神の記憶を
谷の間へと響かせていた。

滝のしぶきを浴び、
湯けむりに身を委ねる。

八丈島は、
南の海を見渡す終着の島ではなく、
風を受け、
明日を架ける島なのだ。

明日を架ける太陽の花
あの日、
下田の丘で見上げた山が、
旅人に語りかけていたもの。
それは、
海を越え、
長い時を渡りながらも、
空を浮遊する見えない『糸』で、
なお結ばれ続ける絆にほかならなかった。

きっと誰もが心の中に宿している
やさしさの原石とは、
誰かに見せるための輝きではない。
幾度となく迷い、傷つき、
それでも人を思い続けた心が磨かれ、
やがて、その人の生きざまそのものとなったもの。
幾つもの季節を越え、
あらゆるものを超越した、あのヘゴの森のなか。
お妃様が最初に紡いだ一滴の色彩。
目には映らずとも、
風に宿り、
草花に寄り添い、
その黄金の糸で
島の人々の歩みを、そばでそっと照らし続ける。
その時、人は
時の流れはきっと優しいと
慈しみの光に包まれることになる。
明日へと向かう強さと
心に抱きしめたあたたかさが、生きざまになること。
そのことを、はるか昔から
明日を生きる草花を見守りつづけてきた
八丈富士だけは、とうに知っていたのだ。
下田富士の向こうには、
天城を隔てて、
遠く富士の山が見守る。

すべてが白日のもとにひらかれた今、
遠く富士の山が見える一番南の場所。
そこには、神が互いを尊び、
託し合いながら紡いできた、
この旅路の源流が流れていたことをふと思った。

旅人はその風に背中を押されるように、
再び神の足跡をたどり始める。
帰るために歩く道が示すこと。
それもまた
新たな旅の始まりだということ。

たとえ夕べに閉じる一日花であっても、
次の朝にはまた新しき蕾を、
ただまっすぐに上へ向けて、
ふたたび咲き誇るハイビスカスのように。

明日へと向かう島、八丈島。
幾度の夜を越え、
少しずつ、新しき息吹へと変わりゆく島。
明けない夜がないことを、その身で語りかける島。
八丈島で心満たされ、
終わりなき旅路へと、今、想いを新たに。




