シマニテ・ログ 【タビノタヨリ】LETTERS 11
神の旅路 式根島編
海の向こうからの呼び声

ここは伊豆下田。
紫陽花が咲き満ちる丘に立ち、
空の下で響き合う華の色を眺めていた。

雨上がりの斜面が織りなす
この世の絵巻の中に
紫と青と紅色と白とが幾重にも連なり
その向こうに
港の水面が空を映して、
無数のひかりをちりばめていた。

花を見に来たはずなのに、
気づけば視線は
海の向こうへ向いている。
神津島で神々の集いに触れ、
大島で火の鼓動に耳を傾け、
新島では白い光に包まれた。
けれど旅路はまだ続いている。
白濱から海を渡った神々の記憶が、
その先へ続く道を波間に描いていた。

紫陽花の向こうに揺れる海は、
旅の終わりではなく、
次の物語へと続く青い扉だった。
神を引き寄せる島
船が下田港を離れる。
羽伏浦の白い滑走路から離陸したはずの私の心が、
波間に浮かぶ新島の島影をかすめて通り過ぎる瞬間、
ふっと小さく震えたような気がした。
あの島で新しくした心が、次に求めている場所。
それを確かめるように、船はしだいに、
その隣に佇むもう一つの影へと針路を向けていく。
白濱から渡ってきた神が眺めたであろう海が、
今日も変わらぬ表情で広がっている。
波の向こうに現れた式根島は、
どこか懐深い奥ゆかしさをまとっていた。
島を巡り、
神引展望台へと立つ。

ここが、神を引き寄せる丘なのだろうか。
その名を聞いたとき、
これまで巡った島々の記憶が
潮風の中で一つにつながる。
神津島も、
大島も、
新島も、
それぞれの場所で出会った風景や祈りは、
神々が水を分かち合った
遠い日の言の葉をたずさえ、
波音の伴奏で、一つの旋律を奏で合わせていた。

ここが神を引き寄せる丘だというなら、
その呼び声は今もこの海を渡っているのかもしれない。

神が海を渡るよりも、きっともっと前の遠い地球の物語。
もともとはひと続きだった新島と式根島。
波間に寄り添う二つの島の面影は、
どこかきょうだいのよう。
宇宙の記憶を呼び起こすように、
谷間にたなびく湯煙。
過去が作った底へ潜り込むと、そこは、
まるで大地が切り開いた最初の扉のよう。
その底から湧き上がる湯が
動かすのは、
心の時計。
過去と現在。
空間そして祈り。

神という名の地球が、意志を持ち
人の心をあたためるためだけに
命の湯を授けているかのようだ
この島には、
命のぬくもりを宿した
時の流れが、
地の躍動の中に脈々と根付いていた。
心が招かれる場所
神引の岬から海を見渡す。
遠くに浮かぶ島影。
その一つひとつに、
神の家族の物語があり、
人々の暮らしがあり、
受け継がれてきた祈りがある。

猫がまどろむ。
風が吹く。
その風は、
神を招くために
吹いているのかもしれない。
けれど、
立ち止まった人の心を呼び覚まし
本来あるべき場所へ導くために
吹いているようにも思えた。
この丘が心を呼び覚ます場所だとするなら、
ふもとに広がる海は、その心を
ただ波音だけの沈黙の愛で包み込む場所だと感じた。

海底に揺れる光は、
心の奥深くまで照らしていた。

紫陽花の丘で、
ふと海を渡りたくなったあの日。
あの瞬間から、
私はこの島に呼ばれていたのかもしれない。

ここは、神を引き寄せる丘の上なのだろうか。
けれど
本当に引き寄せられていたのは
神ではなく、
旅人の心だったのだろう。
その呼び声の奥で
ただ何も言わず
お帰りと待っていたその島の名を、
式根島という。

<旅のメモ>
伊豆諸島の島々には、三島大明神として旅してきた神の「家族の物語」が、それぞれのかたちで語り継がれている。式根島の泊神社に祀られる久爾都比咩命もまた、伊豆諸島の開祖・事代主命の后と伝えられる女神だ。この物語で「神」と呼んできた存在を、それぞれの家族のまなざしが見守っている。



